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DOTS

23話

 

 

・・・再び動き出した美しい人。

 

そうだ!

機械が錆びないように、永遠に見ていられるように、彼女を箱に入れなくては。

雨が降っても、風が吹いても壊れない箱。

出来れば透明な箱がいい。

彼女を見ていられるから・・・

 

そう思うと、やらずにはいられなかった。

家の、窓という窓を割り、硝子を集めた。

 

それだけではちっとも足りない。

 

男は真夜中に、こっそり街に下りては、家という家、街中の家の窓を割っては硝子を持ち帰った。

 

薪ならいくらでもある。

窯に薪をくべ、火を絶やさず燃やし続けた。

 

粉々の硝子を窯に入れ、何度も失敗してはまた砕いて、足りない分は街に下りて硝子を盗んだ。

 

 

そうして、ようやく完成した、大きな、大きなガラスの箱。

 

生活感が出るように、男は、自分の家の中にあるもの全てをそこに入れた。

机も椅子も、棚も、鍋も、皿も、ランプも、彼女に不便な思いをさせないように、彼女に似合うように、できる限り小奇麗に磨き上げて入れた。

そして、動き続ける彼女を、丁寧に、壊れないように、そっと、その中の椅子に座らせ、またネジを回した。

 

そうして蓋をした。

 

二度と開かないように・・・

永遠に見ていられるように・・・

誰の手にも触れられないように・・・

誰にも奪われないように・・・逃げられないように。

 

男は、傍の大木に腰を下ろし、木に寄り掛かった。

そして、動き続ける彼女を見ながら眠りについた。

 

僕の美しい人・・・

 

愛しい人・・・

 

ずっと見ていたい・・・

 

・・・ずっと僕のもの

 

・・・

 

 

 

 

 

22話

 

 

そして、遂に、完成した・・・ぜんまい仕掛けの人形。

 

男は、その人形に糸を紡がせた。

 

糸巻きを、ただ回し続ければいい。

 

男の頭では、それで精一杯だった。

それ以上複雑な動きをさせるだけの頭脳も、材料もなかった。

 

何より、男は、少し動くだけでも良かった。

満足だった。

それだけで、その人形は、まるで生きているようだった。

人だった。

彼女そのものだった。

 

男は、嬉しそうにその姿を眺めた。

 

美しい糸を紡ぐ、美しい人。

 

 

だけど、動きは直ぐに止まった。

まるで死んでしまったように・・・。

 

その姿にショックを受け、青醒めた顔で必死にネジを巻いた。

 

もう二度と止まらないように・・・。

これでもかという位・・・、必要以上にネジを回した。

 

 

 

 

 

21話

 

 

それから何時間、何日、どれくらいの時が過ぎたのだろう・・・。

 

男は、何もする気が起きなくて、あの日の姿のまま椅子に座っていた。

 

いつの間にか、彼女は、男の全てになっていた。

彼女がいなくなった今、男は、薪を売るのも寝食を取るのも、もう、どうでもいいことだった。

 

ただ、彼女に遇いたい。

 

一目でいいから見たい。

 

いや、ずっと見ていたい。

 

触れてみたい。

 

僕のものであってほしい。

 

・・・。

 

男は、そう思うと外に飛び出した。

狂ったように木を切り倒し、一心不乱に木を彫りだした。

 

彼女の面影を忘れないうちに、あの美しい姿を木に刻むんだ。

 

朝も、夜も、時間など忘れて男は彼女を作った。

 

その姿は、日に日に彼女に似ていった。

まるで生き写し。

 

 

男は、遂に、彼女の姿をした等身大の人形を作り上げた。

 

息をしない以外は彼女にそっくり。

遠くから見れば、誰しも人だと思うだろう。

近付いたって、直ぐに、それが人形だと気付く人はいないだろう。

 

今にも動き出しそうな、喋りだしそうな美しい人形。

 

男は、満足気に、その姿をじっと見ていた。

が、

今にも動き出しそうなのに、いつまでたっても動き出さないその姿に、今度は動き出してほしくて・・・。

 

何とか動かないものか・・・。

 

そう考えていると、時刻を知らせる鐘の音が聞こえた。

その途端閃いた。

時計のネジを回すように、彼女も、ああいうふうにすればいいのだと。

 

手始めに、時計を分解し始めた。

・・・。

そのうち、男は、家の中にある、ありとあらゆる動くものを分解しては人形に埋め込んでいった。

 

 

 

 

 

20話

 

 

そんなある日、男が、いつものように薪を背負って街へ行くと、街は、なにやら人混みで騒がしかった。

男とは無縁の人混みを、遠くからぼんやり眺めている、と、人混みの中心に彼女はいた。

 

今日は、なんだか、一段と美しい。

 

白いシンプルなドレスに、頭には白い長い透けるようなベール、真っ白な花たちのブーケを持っていた。

頬を赤く染め、少しはにかみながら、周りを取り囲む一人一人と話している。

 

一瞬、見惚れていた男だが、学の無い男にも、その姿が何を意味するのか、すぐに分かった。

 

少しすると、彼女の目の前に馬車が停まり、彼女は目を潤ませ、慣れないドレスを引きずり馬車に乗り込んだ。

扉は閉まった。

 

そうして、馬車は走り出した。

今、来た道をまた戻っていく。

 

彼女は振り返り、見えなくなるまで手を振っていた。

 

彼女が見えなくなると、人混みは、蜘蛛の子を散らすようになくなり、街は、いつもの平然さを取り戻した。

 

男は声も出せず、ただ、そこに立つしかできなかった。

立つのもやっとだった。

 

彼女は、お嫁に行った。

この街から、いなくなった。

 

その事実を噛み締めるように、男は、一歩一歩家路へ向かった。

 

 

家に着いた頃、外はもう真っ暗だった。

 

 

 

 

 

19話

 

 

僕の美しい人、愛しい人

 

ずっと見ていたい

 

ずっと僕のものであってほしい

 

 

 

男は恋をした。

 

街一番の美人に。

 

だけど、男は、いつも陰から見ているだけだった。

それは、自分の身分を解ってのことだった。

金も無い、人に誇れるほど容姿端麗なわけでもない、まして頭が良いわけでもない。

字すら読めない。

そんな男だった。

 

毎日、薪を背負い、山を下り、街に売り歩ては彼女の姿を探した。

叶わぬ恋。

それでも、遠くからでも、彼女を一目見れれば、それだけで男は幸せだった。

幸福の中、ぐっすりと眠れた。

 

 

 

 

 

18話

 

 

全て途中で終わった。

 

 

最後まで見たいものも、そうじゃないものも。

 

むやみやたらと光を取り込んでも何も分からない。

何も見ていない、見えてないのと一緒だと思った。

 

だから、今度は、一粒ずつ、じっくり吟味して瞳の中に入れようと心に決めた。

 

欲張らず、一つ見て、終わったらまた一粒だ・・・。

だけど、時間をかけてる暇は無い。

こうして考えてる間も身体はなくなっていく。

できる限り早く決断を・・・

そう思ったとき、目の前にちょうど浮かんできた光をとっさに掴み、慣れた手つきで目に入れた。

焦る気持ちがそうさせた。

 

しまった!!

もっと粒をよく見てから入れればよかった・・・

 

思ったときには、もう、手遅れだった。

光は再び身体の中に入り、というより、身体が光に持っていかれるように、光の中に引きずり込まれていくようだった。

 

 

 

 

 

17話

 

 

必死になって、光の粒を目の中に入れては、いくつもの風景を見ていると、一人の女の子が呆然としている映像が、一瞬見えた。

 

なんだか、とても、悲しそうな目をしている・・・。

その女の子のことが気になったが、慌てて幾つも、目の中に光の粒を入れたせいか、映像は、すぐに切り替わった。

 

 

今度の風景は、何の変哲も無い青空と、幾つかの雲が浮かんでいた。

だけど、こんなにも、青くて清々しい世界を見たのは久しぶりで、何でもない風景なのに自然と笑顔が零れた。

 

 

次に見えてきたのは、無機質に並べられた幾つもの瓶が並ぶ棚だった。

見える限りの場所いっぱいに、瓶と、それが置かれた棚が何処までも続いている。

 

"ここは何処だ・・・。"

"如何してこんな映像が身体から出てくるのか・・・。"

 

また、混乱に陥りそうになった、が、光の粒の映像はそこで終わった。

 

 

 

 

 

16話

 

 

何となく、女の子の口元に手を向けた。

そして、女の子の口の中に手を突っ込んだ。

まるで時間が止まってしまったかのように、女の子は微動だとしなかった。

 

光の粒のある場所は、まるで、その粒に導かれているかのように分かったので、その粒を取り出すことはそんなに難しいことではなかった。

 

光の粒を女の子の中から取り出すと、また、そこら中に散らばっている光の粒を自らの瞳の中に入れ始めた。

 

光の粒を集めている姿を、女の子は、ぼんやり見ていた。

ただ、先ほど咽たのがよっぽど苦しかったのか、二度と口の中に入れようとはしなかった。

 

 

 

 

 

15話

 

 

光の粒を掻き集めるけど、身体に戻る筈もなく、儚く消えていく。

 

その光の粒、一つが、ふと、涙と入れ替わりに瞳に入った。

すると、何かみえた。

 

驚いて粒たちをみると、一つ一つに小さな影が動いている。

 

急いで、消えてなくなる前に、今度は身体に戻すためじゃなく、その中をみたくて、必死で掻き集めては、涙と交換に瞳へ入れた。

 

一つ、一つ、それぞれまったく違うものがみえた。

それは、自分が忘れてしまった記憶の断片なのか・・・

それとも、全く、何の関係もないものなのか・・・

わからなくて、思い出せなくて・・・

 

 

そんな姿を見た女の子が、首を傾げて、泣き顔で見ていた。

 

何気なく、一粒手にとって口に入れた。

その途端、思いっきり咽て吐き出そうと口を開くけど、粒の面影はもうその中にはなく、舌を出してもがいている。

 

 

 

 

 

14話

 

 

すると、女の子の口元が動いた。

 

でも、何の音も聞こえなくなってしまった。

 

怖くなり、耳を塞ぎ、しゃがみこんだ。

再び、足下が透けて、キラキラと光の粒となって、その形をなくそうとしていた。

 

もう全て消えてしまえばいい。

 

そう思うと、身体が透ける面積がぐんぐん広くなり、光の粒たちは空気と一体化していった。

消える覚悟を決め、ふと顔を上げると、女の子が涙を流していることに気が付いた。

 

さっきまで、消えてしまいたい一心だった気持ちが揺らいだ。

 

自分の存在なんて何の価値もない。

消えてなくなってしまったって、誰も、悲しんだりなんてしない。

だから消えてしまいたいと思っていた。

 

しかし、今の、自分の身体に抱きつき涙を流すこの子は、自分の存在を求めてくれている。

 

消えたくない。

此処にいたい。

この子の側についていたい。

 

小さな、その女の子の手から伝わる温もりで、気持ちは大きく変化していた。

しかし、消えゆく身体の速度は止まるどころか速まっていた。

 

 

 

 

 

13話

 

 

消えそうになっていた足は、元の足に戻っていた。

 

まるで、幻でも見ていたような感覚だった。

 

足が元に戻っても、女の子は、足下から放れようとはしなかった。

嬉しそうに、ニコニコしながら足にギュっと抱きついていた。

眠っても、決して放そうとはしなかった。

 

“ふぅー”

溜息をつくと、女の子が顔を見上げた。

 

「あなた、なまえはなんていうの?」

ふいに思い出したように女の子が訊ねる。

 

空に名前を書こうと、人差し指を目の前まで持ち上げるけど、そっから先、手が動かない。

 

そういえば、名前は何だっけ、そもそも名前なんかあったのか?

それ以前に、字自体が書けない。

思い出せない。

 

そう思ったとたん、言葉の意味さえも分からないような気がして、不安で・・・。

これから先、女の子の言ってることさえ分からなくなってしまうんじゃないかと思えた。

 

 

 

 

 

12話

 

 

どのくらいそうしていたのだろう。

視点が定まらなくて、周りがぼんやり見えていたけど、女の子が、こちらを見ているのは痛いくらい感じた。

 

警戒の視線。

 

できることなら見ないで欲しい。

自分が何者かも分からない、どんな姿、形をしているのかも分からない、見ないで欲しい。

消えてしまいたい・・・。

 

そう思った時、女の子が

「あっ」

と、小さな悲鳴のような声を上げて指さしていた。

自分が立っている辺りを、足元を指さしてる。

 

女の子から視線を外して足元を見てみると、透けている?

消えている?

身体がキラキラ、光の粒となって飛んでいこうとしている。

 

消えたいと思ったからこうなった?

 

ちょっと訳が解らなくて焦った、けど、このまま消えても構わないような気がした。

このまま身を任せて、天の思うままに・・・。

 

 

「いやっ!!いかないで!!!」

知らない間に女の子は自分の傍に来ていて、消えていく足にしがみついている。

 

さっきまでの恐れの目はなかった。

 

「どこにもいかないで」

涙を零しながら、必死に引き止めようとしている。

 

 

何故だか、一粒、涙が零れ落ちた。

女の子の顔の、涙の上に・・・。

 

 

 

 

 

11話

 

 

それを受け取ろうと、ペンを掴もうとするけど、掠りもしない。

まるで、手が透けてるみたいにペンを通り抜ける。

 

何が何だか、訳が分からなくて、もう一度掴もうとするけど、何も掴めない。

手をよく見ても、何も変わりはないのに...。

自分の両の手で、握り合うことはできる。

しっかり。

固く。

なのに...ペンは掴めない。

反対の手で、もう一度、掴もうと試してみるけど、空を掴むばかり。

 

ハッと、気付いて女の子を見ると、口をぽかんと開け、目を見開いて、唖然とした顔で見ている。

まるで、時が止まったように微動だにしない。

身体の動かし方を忘れてしまったようだ。

 

思わず、誤魔化し笑いの様な、引き攣った笑いを浮かべると、女の子が、聞こえるか聞こえないか位の消えそうな声で

 

「ヒッ」

 

と言って、ペンとノートを持っていた手を引っ込めた。

身体を硬く強張らせて、この世のものとは思えないものを見ているような顔をしている。

 

唯でさえ、訳が分からなくなっているというのに、女の子まで怖がらせてしまって、どうやって取り繕うか。

焦って、益々混乱して、何も考えられなくなって...何もできずに。

何かしたいのに。

誤解を解きたいのに...。

 

何もできずに、唯、立つしかできないでいた。

 

 

 

 

 

10話

 

 

咽び苦しんでいると、背中に小さな温かさを感じた。

 

女の子が、心配そうに背中をさすっている・・・

こんな温かさを感じたのは、いつぶりだろう。

 

とても幸せな気持ちに浸っていると、女の子は

「大丈夫?」

ときいてきた。

 

静かに頷いた。

もう一度喋ろうとした。

しかし声の出る気配はなく、息苦しくなる一方だった。

 

喋れないことを察した女の子は、ノートとペンをさしだしてくれた。

 

 

 

 

 

9話

 

 

それなのに・・・なぜだろ、親しみは感じない。

見たことはない。

覚えはない・・・。

 

一体何処なんだ・・・。何も思いつかない。

 

考えつかないでポカンとしてると、扉の開く音がして、ビクッとして音のするほうを向いた。

小さな、まだ幼い女の子が、立ってこっちをみている。

 

むこうも自分と同じように、ポカンと口をあけてこちらをみてる。

 

2人、微動だにしなかった。

見つめあっていた。

 

永遠のような一瞬が流れた・・・。

 

その沈黙を破るように、足音が聞こえてきた。

女の人だった。

その人は、こちらのことはまったく気にしてないようだ。

女の子に、何か、心配そうに話しかけてる。

・・・

筈なのに・・・自分の目にはそう見えるのに、何も聞こえてこない。

こんなに近くにいるのに、声が聞こえない。

女の子も、その人に話しかけてるけど何も聞こえない。

 

女の子が、自分を指差して、その人に何か言ってる。

訴えかけてる。

その人は、自分がいる所とは見当違いの場所をキョロキョロしながら、笑顔で、何か優しく話しかけて、女の子を部屋の中に押し込んだ。

そして扉を閉めた。

・・・

足音が離れていく。

足音がする方へ気をとられて眺めていると

 

「あなた誰?」

 

可愛らしい女の子の声が聞こえた。

声のする方をみると、女の子が怯えながらこちらを見ている。

 

誰?

誰なんだろう・・・自分は一体何者なのか、

答えられず、困った顔をしてると、女の子は今にも泣き出しそうにこう言った。

 

「私をさらっていこうとしてるの?ドロボウさんなの?」

 

“違うっ!!!”

こう言いたかったのに、口が、ただパクパクするだけ・・・

自分の声が聞こえない!!

 

そういえば、どんな声だったのか、自分の声が思い出せない。

出てくるのは空気だけ。

焦って、混乱して、思いっきりむせた。

 

「ゴホッゴホッ・・・ゼーゼー」

 

苦しくて、ちょっと目の前が白くなってきた・・・

 

 

 

 

 

8話

 

 

自分の中で何かが変わるのを感じた時、目の前が真っ白になった。

 

まるで身体が光で包まれたようだった。

 

あまりの光の強さに、目を開けていられなくなり、強く目を瞑った・・・

 

 

 

 

 

 

どれだけ目を瞑っていたのだろう。

何だか、随分、時間が経ってしまったように感じた。

 

 

 

 

目を開いてみると布団に包まれていた。

窓から差し込んでくる光はとても眩しくて、とても爽やかだった。

屋根のある場所で眠ったのは、とても久しぶりだった。

 

窓からの光に吸い込まれるように起き上がり、外を見回すと、そこには住宅街が広がっていた。

羽ばたきだした小鳥を目で追いかけると、青く澄んだ空がやけに胸に沁みた。

 

しばらく空を見上げた後、改めて自分のいる部屋を見渡した。

大きな本棚に沢山の本、ベッドに机、クローゼット、鏡、時計、カレンダー、写真立て、特に変なものはない。

全く違和感なんてものを感じない部屋だった。

 

 

 

 

 

7話

 

 

一瞬、森が蠢いて、その大きさを増したような気がした。

 

怖くなり、身体が言うことを利かなくなった。

 

この森は、もしかしたら生きている?

意思を持っている?

 

そんな有り得ない考えまで頭を過ぎった。

でも、何が有り得ないことなのか、自分にはもう解らなくなっていた。

 

地下に人が閉じ込められていることも有り得ないし、本当にあの森に人が住んでいたとしたら・・・

それも普通なら有り得ない、というか目的が解らない。

透明な木が存在することも有り得ないし、その中に人がいるというのも有り得ない。

そもそも、自分が此処に立っていることすら有り得ないことなのかもしれない・・・

 

色んな事が解らな過ぎて、もう、どうすればいいのかなんて分らなくなっていた。

 

とにかく冷静にならなくては・・・

取り敢えず身体をどうやって動かせばいいのか思い出そう・・・

そんなことを一気に考えて、ようやく動き出した。

 

森の方へ・・・

 

一歩踏み出した。

 

こんなに何もかも有り得ないことばかりなら、有り得ない選択をすることの方が正解であるような気がした。もうヤケクソだったのかもしれない。

どうにでもなれと思っていた。

 

草叢から森までは意外と遠かった。

すぐ傍にあるように感じる森なのに、中々、木は立体感を持たなかった。

 

早く変化が欲しくて走りだした。

疲れ果てた身体で、あまり速く走れている気はしなかったが、それでも、一歩、一歩、地面を確認しながら歩いていた時よりは速い筈だった。

 

走って、走って、走り続けた。

けれど一向に森との距離は埋められなかった・・・

 

森へ向かうという選択は間違っていたのだろうか?

 

選択しなければいけない道があるということは、つまり、自分には選択が許されていないということなのだろうか・・・

今まで自分で選択肢を選んできていたつもりだったけど、それは、もう、決められた選択肢を当たり前のように、唯、歩いてきただけだったのだろうか?

選択することがいいことなのか、判らなかったけど、もし、決められた道を歩むだけなら、自分に意思なんて必要なかったじゃないか・・・

そう思うと悔しくて、意地になって森へと走り続けた。

 

何度も転び、気がつくと、どんどん涙が零れていた。

それでも、自分が決めた道をひたすら走った。

 

この目に見える世界だけが全てじゃない。

 

自分で選んだ道を歩むことで自分の中の何かが変わった。

 

 

 

 

 

6話

 

 

ぐったりと頭をもたげ、よりかかるように座っている。

 

はたして生きているのか、死んでいるのか・・・

 

恐る恐るその人を覗き込んだ。

ピクリともしない。

 

今度は木を軽く叩いてみる。

が、変化なし。

応答はない。

 

もう一度試してみる。

もう一度、もう一度・・・

 

叩く音は、どんどん大きく、強くなっていった。

我を忘れるくらい我武者羅に叩いていた。

その時、首に激痛が走った。

 

あまりに木を叩くことに夢中になっていたので、後ろから近付いて来る何者かに全く気付かなかった。

振り向きながら倒れていく自分が、まるで、スローモーションのように感じた。

 

殴った奴の顔を見てやろうと、必死に、重力に抵抗して起き上がろうとしたが、目の前が霞んで、やがて真っ暗になった。

 

 

 

明るさに、眩しさに目が覚めた。

太陽が昇っている。

 

陽の光だ・・・

 

びっくりして飛び起きると、首元に激痛が走った。

殴られたことを忘れていた。

 

今度は首を痛めないように、慎重に周りを見渡す。

 

その風景に戸惑った。

目の前には草原が広がっている。

 

もう一度、周りをぐるりと見渡すと、後ろには木々が迫りくるように連立している。

 

どういうことなのだろう?

森を抜けたのか?

それとも、此処は森の始まり?

 

一瞬考えたが、そんなことはどうでもいいような気がした。

 

なんたって、木と木の間から抜け出せたのだから・・・

此処は陽が差す。

 

明るさが、気持ちまでも晴れ晴れと明るくさせてくれるようだった。

 

一歩、足を踏み出して止まった。

 

手に持っていたはずのスプーンがない。

慌てていろんな所を探るが、どこにも持っていない。

また、何も持っていない。

 

結構気に入っていたのに・・・

 

少し切ない気持になったが、もう一度森に戻るのは気が進まなかったから、もう一歩踏み出す。

けど、また立ち止った。

 

何か大切なものを忘れてしまっているような、やり残したことがあるような・・・

そんな気持ちになって振り返り、森を見た。

 

戻るべきなのか、先へ進むべきなのか・・・

 

しばらくの間、森と、にらめっこをしていた。

 

 

 

 

 

5話

 

 

 

そういえば、さっきまで真っ黒だった空は白く変わっていた。

ずっと周りが見やすく、まだ、歩きやすい道を選んで進めそうだった。

 

しかし、周りが明るく見通せるために絶望的なこともあった。

それは森の終りがまったく見えないことだった。

 

「何処へ向かっているか、わからないけど進むしかない。」

そう決心すると、一歩ずつ、確実に、道を歩みだした。

 

歩いても、歩いても木ばかりだけど、はじめより嫌じゃない。

この森には、自分以外の生命もある、ということがわかったからだった。

 

強くスプーンを握りしめた。

 

ずっと、ずっと歩いていると、何かキラキラと光っているものを見つけた。

すいつけられるように、その光っているものにひたすら向かっていった。

 

早く行きたい、

そこまでいけば、また、誰かと触れ合うことができるかもしれない。

そんな気持ちでいっぱいだった。

 

キラキラ光るもののところへ、

やっと着くと、そこには太陽の光を反射する透明な木が一本立っていた。

 

透明な木のすぐそばに立ってみる

と、

その透明な木の中には肌が白く、柔らかな茶色の髪を持つ人がいた。

 

 

 

 

 

4話

 

 

 

それは見たこともない料理のはずなのに、食べる前からおいしいとわかっていた。

おいしそうな料理達。

湯気の向こうで、楽しそうにテーブルに頬杖をつきながらこっちを見ている、その人がいる。

 

それだけで自分は充分な気がした。

気持は満ち足りていて、もう何もいらないと感じた。

 

手元のスプーンを取る。

スープらしきものを一さじすくい、口へはこんでいく・・・

 

 

そこで記憶はなくなった。

 

目を開くと、どうやら、木の根元に寄りかかるように眠ってしまったらしい。

どれくらい眠っていたのだろう。

空はまだ暗い。

 

あれは夢だったのだろうか・・・

さっきまであった光景が、満たされていた自分がやけに虚しく感じた。

 

深い闇の中、輝き、降り注ぎそうな星たちが、その気持ちをより一層深くさせた。

 

ずっと同じ体勢で寝ていたせいか、ずっと歩きっぱなしだったせいか、体の節々が痛い。

もう一度、立ち上がるのも一苦労だった。

 

木に寄りかかりながら立とうとしたとき、自分の手が強く、強く握っているものに気付いた。

 

何も持っていないこと、何度も何度も確かめたはずなのに・・・

確かに今、自分はスプーンを握っていた。

あの、やさしく自分を迎え入れてくれた人が差し出してくれた木のスプーン・・・

 

あれは、あれは夢じゃなかったんだ。

確かにいた、確かにあったんだ。

存在していたんだ。

 

あまりにも強くスプーンを握りしめていたので、手が強張って、もう片方の震える手で、手を広げようとするけど、なかなか上手く広がらなかった。

 

やっとの思いで、利き手からスプーンを取り出すと、手のひらには爪痕が・・・

痛いはずなのに、そんな痛みなど感じないくらい、我を忘れて喜び、とび跳ね、スプーンを右手、左手、何度も確認した。

 

それをはたから見ている人がいたとしたら、どんなに滑稽で馬鹿らしく見えたのだろう。

一人、何の変哲もないただのスプーンを持ちながら、馬鹿みたいに騒ぎ立てているのだから。

 

 

 

 

 

3話

 

 

 

頭は、ぼーっとして、もう何も考えられなかった。

 

とりあえず歩きだすことに決めた。

あまりにも必死に地面を掘っていたので、自分はどこから来たのか、わからなくなってしまった。

どっちに進んだらいいのか、わからず、ふと空を仰いだ。

 

すると、今までなかったものがそこにあった。

 

煙だ。

煙の下には誰かいるに違いない。

急ごう。また、さっきの人のように消えてしまうかもしれない。

 

何度も、何度も、煙の位置を確かめながら進んだ。

 

すると、だんだん明るい光が見えてきた。

光に向かってひたすら歩いた。

光に近付くにつれて、煙突の付いた家が見えてきた。

 

家に辿り着くと、その家のドアを叩いた。

すると、中から肌の白い、柔らかな茶色の髪を持つ人が出てきた。

 

さっき地下に閉じ込められていた人によく似ている・・・

 

驚いてまじまじと見ていると、その人も驚いた顔でこちらを見ている。

もし、誰かがみていたら、鏡を見ているような、同じ驚いた顔をしていただろう。

 

はっと我に返り、その人の口が動き出した。

「こんな時間に、こんな場所までやってきた人は何人目だろう!

さぁ早くお入りなさい。外は寒いでしょう。」

そういうと快く部屋に招き入れてくれた。

 

そうか外は寒かったのか・・・寒かったことに気付かなかった。

 

「ありがとうございます。」

お礼を言うと部屋の中に入った。

 

「すぐに暖かいお茶をいれましょう。

ご飯はもう食べましたか?

私はさっき、食べ終わってしまったんですが、よろしければ作りますか?」

 

「ご飯は食べていないです。

でも何故かお腹は減っていないので、気になさらないでください。」

 

「そうですか!

いや、しかしそれは体に悪いですよ!作りましょう。

久々に人に会えたことがうれしくてね。ぜひ作らせて下さい。」

そういいながら、手際よく、その人はお茶をいれ、差し出してくれた。

 

本当にお腹は減っていなかったのだが、人の温もりがとても嬉しかった。

 

「ありがとうございます。

じゃあ、お言葉に甘えさせてください。」

 

「えぇ、すぐに作りますから待っていて下さい。」

そういうと、本当にすぐにご飯の支度をしだした。

 

しばらく、椅子にかけ待っていると、おいしそうなご飯が出てきた。

 

 

 

 

 

2話

 

 


気づかれないように、かがんでへばりつくように見ている。

 

夢中になってその人を目で追った。

舐めまわすように見ていた。

あまりに近づきすぎて、自分の息で透明な板は白く曇っていたが、それでも構わずに見ていた。

 


その人はまるで機械の一部のように同じ動きをしている。

 

その部屋から発せられる暖かな光とは裏腹に、その人からは無機質な冷たさを感じた。

肌は透けるように白く、髪も光のせいか柔らかそうな茶色をしているのに・・・

 


・・・どれくらいみていたのだろう。

久しぶりに見た木以外のものに夢中になりすぎて、その部屋の違和感になかなか気付けなかった。

 

この部屋には扉がない。

まるで大きな箱。

 

必死に目で部屋の隅々まで見るがやっぱりない。

 


なんだこれは・・・意味がわからない。

この人は一体どうやってこの部屋に入ったって言うんだ・・・

 

もしかして閉じ込められている?


そう思った途端、バターンと大きな音がした。

音をした方をみるとその人が倒れている。

上を向いて、あおむけになって。

こっちを見ている。

そうして、その人が奏でていた音とともに光は消えていく・・・


ちょっと待って、まだ何も分かっていない。

 

めちゃくちゃに地面を掘り返し、必死に透明な板を叩いた。

何を言っているのか自分でもわからない言葉を叫んでいる。

 

板はびくともしない。


待って!

おいてかないで!!

暗闇はやだ!一人はやだ!!!

 

祈るように泣いている。


しかし、光は消えてった。

消えていく光の中、その人が人形のように見えた。

自分の目を疑うように、もう一度見ようとしたが、もう闇の中だった。

 

そこには、最初から何もなかったかのように平然と静寂と暗闇が続いている。

 

一瞬、その人の口元が笑ったように見えたが、今となっては確かめようがない。

 

 

 

 

 

1話

 

 

 

意識を取り戻してから、どれくらい歩いただろう。

木々の隙間から見える空は、未だに黒かった。

 

せめてもう少しここが歩きやすければいいのに。

 

そんなことを考えていると、ふと違和感を覚えた。

 

何かが聞こえてくる。

誰もいないはずなのに。

 

立ち止まり、あたりを見渡す。

 

風景はずっと変わらない。

どこを見ても木が生い茂っている。

 

音は消えない。

どこから聞こえてくるのか耳をすませた。

 

 

どうも足元の方から聞こえてくるような気がして、今度は足元を注意深く見た。

 

何かが小さく光っている。

水たまりに星の光が映っているのか、石か何かに星の光が反射しているのか。

 

その光に近づくにつれて、音は大きくなり、水たまりでも石でもないことがわかった。

なぜなら、そこには水たまりも石もなかったからだ。

 

光の正体は、何かの明かりが地面から漏れてきているようだった。

 

明かりの周囲を少し掘ってみると、透明な板のようなものがある。

透明な板の下には、きれいに整頓された部屋があり、こちらに全く気付く様子のない人がひたすら音を発している。

 

 

 

 

 

序章

 

 

 

ふと我に返ると目の前に木。

左を見ても右を見ても木、後ろももちろん木だった。

 

ここは森の中・・・!?

 

そして歩いている。

無意識にも確実に前へ前へ進んでいる。

上を見上げれば木々の枝々の間から星が降っている。

どうやら夜らしい。

 

いったいどこへ向かっているのだろう。

いったい何者なんだ。

何をしているんだ。

何がしたいんだ。

何をしなければならない・・・

次から次へと疑問が湧き溢れそうになって、やめた。

混乱に陥りそうになったその一歩手前で、木の根に片足を取られこけそうになった。

目の前の少し先はもう暗闇。

考えながら歩くのは危険だ。

とりあえず今はこの木々の中から抜け出したい。

 

確実に慎重に歩かなくては・・・

冷静にならなくては・・・

 

少し呼吸を整え、落ち着いたとき気づいた。

何も持っていないことに。

 

そしてあらためて自分自身を見てみる。

・・・

手はさっきこけそうになってとっさに手をついたので真っ黒。

おそらく前にもこけそうになったのだろう、かすり傷がたくさんある。

指は細くも太くもない。

長くも短くもない。

着ているTシャツはもとは白だったのだろうとなんとなくわかるくらい薄汚れてくたくたのボロボロだ。

だぼっとしているジーパンをはいていて、足は長くも短くもなさそうだ。

靴もどれほどこの道なき森を歩いてきたのだろうか。

底は擦り減り、ところどころ穴が小さく開いている。

足も大きくも小さくもない・・・

・・・と思う。

 

そして思った。おかしなことに・・・

・・・いったい何を基準にしてそう思っているのだろう。

ここには自分しかいないのに。

いったい何と比べて中くらいと決めつけているのだろう。

そう思うとばからしくて、なんか笑えた。

ばかにしたような笑いしかできないけど。

 

 

そしてまた前へ進む。

今はそれしかできない。

 

自分が誰だかわからなくても・・・。